紙での印刷もWEBの制作も手掛ける会社で働く私にとって、前回のコラム(「紙の新聞離れをどうするか?」海外の印刷現場をめぐるCONPT-TOUR2019に参加しました)でも最後に書いたことだが、「紙の印刷物は無くしていいのか? 無くすとどうなるのか?」という問いが、ずっと頭から離れない。
そんな中、最近読んだ2冊の本は、目からウロコだった。
スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセン氏が書いた「スマホ脳」(久山葉子訳、新潮新書)と米国の認知神経科学、発達心理学者のメアリアン・ウルフ氏の「デジタルで読む脳 × 紙の本で読む脳」(大田直子訳、インターシフト社)である。
「スマホ脳」は日本でもベストセラーになり、書店では平積みされていた。
紹介しながら、みなさんとこの問題を考えてみたい。
(常務取締役管理本部長 氷置恒夫)
最近感じたこと。 と、2冊の本
最近、私が自分に感じていること。
「ちょっと論理的な本を読み始めると、根気が続かない」
「人の名前や地名など固有名詞が思い浮かばないと、すぐインターネットで検索してしまう(ググる)。しかし、そのようにして思い出したことは、また忘れる」
「スマホをどこかに忘れると、取り返しのつかない失敗をしたようにイライラして何も手につかない」。
みなさんは同様のことを感じたことはないだろうか?
還暦を過ぎたオヤジなので、脳が退化してきているには違いない。
でも、そのせいだけではなさそうに思う。
私は、年齢の割にはデジタルに対応できていると思うし、SNSもこなしていると自分では思っているが、たぶんデジタル情報の使いすぎが、脳の働きに変化を生じさせているのだ。
この2冊を読めば「なるほど」と合点してもらえると思う。
「スマホ脳」を読み始めるとまず、2頁見開きの<1万個の点>が出てくる。
人類の歩みの時間を点にしたもの。そこで、ハンセンは問う。
「車や電気、水道やテレビのある世界に生きた人類は点何個分?」(答えは8個分)。
「コンピューターや携帯電話、飛行機が存在する世界は?」(3個分)。
「スマホ、FB、インターネットがあって当たり前の世界の経験は?」(たった1個分)。
ハンセンは言う。
人類の祖先は9,500個分の点は狩猟採集民として生きてきた。脳はその長い時間でゆっくり進化してきたのだから、今の急激な変化に対応するには相当な無理があり、ストレスを生じている。
これは、前回の私のコラムの最後に紹介した生物学者の福岡伸一氏の考えにつながる。
ディスプレイはピクセルを超高速で明滅させているのだから、その上にある文字や写真は細かく震えている。
このサブリミナルな刺激が、脳に不要な緊張を強いているのではないか。
つまり、狩猟採集民の敵は、オオカミやクマや洪水や雷雨など動くものだった。
動くものに緊張しないで人類は長く生き延びることができなかったし、脳もホルモンも体内の電気信号もそのようにできているというわけだ。
あなたは冷静に読んでいるつもりでも、脳は落ち着いた読み方はできていないというわけだ。
私は、メールの添付で資料が届いたり、インターネットで資料を探したりした時、しっかり理解したいと思えばプリントアウトして読む。
赤鉛筆やマーカーを手にすることもある。でないと、読み飛ばしてしまうことがあるからだ。
何かでひっかかった時、一つ前、二つ前の文節に戻るということも、印刷物では自然に行えている。
ウルフ氏はこう書いている。
分野も国も異なる学者グループが、現在私たちが慣れているような画面(ディスプレイ)上の読字が、人々の読字の体質をどう変えているか、という問いに取り組んでいます。
「斜め読み」はデジタル読字の新たな標準です。デジタル読字では目がF字やジグザグに動くことを示しています。
同じ短編小説を学生の半数にキンドルで、半数に印刷された本で読むように実験した結果、後者の方が、前者よりあらすじを時系列順に正しく再現できることが明らかになったとも。
みなさんは、例えば校正作業をする時、何かを読み返す時、ディスプレイ上で読み飛ばしていた間違い、誤字、脱字が、印刷して初めて気が付いたという経験がないだろうか。
私にはよくある。
2つの本には、さまざまな統計や実験結果が登場する。
スマホ脳
- 私たちは平均して10分に1度スマホを手に取る。
- パソコンやスマホのページをめくるごとに、脳がドーパミンを放出し、その結果私たちはクリックが大好きになる。たいていの場合、着信音が聞こえた時の方が、実際にメールやチャットを読んでいる時よりドーパミンの量が増える。
- 同じ文章でも電子書籍で読んだ人の方が、紙の書籍を読んだ人より、眠りに落ちるまで10分長くかかった。
デジタルで読む脳×紙の本で読む脳
- タイム社が最近行った20歳代のメディア習慣の研究によると、平均で1時間に27回、メディアソースを切り替えている。平均で1日に150回から190回、携帯電話をチェックする。
- 保険会社に委託された報告書によると、成人の注意が続く平均的な長さは5分間あまりと判定されている。注目すべきは、10年前と比べて半分になっていることだ。
- 多くの子どもたちは、ディスプレイで読むときはマルチタスクをしている確率が90%で、印刷媒体で読んでいるときは1%しかないと話している。
私の取り上げた2冊を読んでの感想は「考え、記憶するには紙の印刷物」ということであり、デジタルは「早く伝え、さっと読む」というツールだということだ。
長い歴史を持つ読み方とデジタルでの読み方を、柔軟に使い分けることが必要ではないか。
最後に「スマホ脳」に紹介された印象に残った件(くだり)を紹介する。
「ビル・ゲイツは自分の子どもには14歳になるまでスマホは持たせなかったと話す。現在、スウェーデンの11歳児の98%が自分のスマホを持っている。ゲイツの子どもは、スマホを持たない2%に属していたわけだ。それは確実に、金銭的余裕がなかったせいではない」
そしてこの「スマホ脳」の帯のサブタイトルが「スティーブ・ジョブズはわが子になぜiPadを触らせなかったのか?」だったことが何より、ハンセンが言いたかったことを物語っている。
「紙かデジタルか?」と問うのは正しくない。
「紙もデジタルも」なのだ。
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